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煤払い(すすはらい) |
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正月を迎えるにあたって、家の内外の煤(すす)や塵(ちり)を払い、清掃する行事。煤掃きともいいます。
平安時代にすでに行われていたといわれています。12月13日に行うようになったのは江戸時代から。江戸城は12月13日が煤払い日で、民間でも多くが13日を煤払いの日としていました。
単なる年末の大掃除とは違い、年神祭の準備のための信仰的な行事でした。正月を迎える物忌みの始まるのが13日で、そのための清掃だったのです。 |
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初日の出 |
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その年の最初に昇って来る太陽を拝み、1年の幸運を祈るもの。 かつて、初日の出と共に年神様(としがみさま)が現れると信じられていたことに由来します。 特に、高い山頂で迎える太陽を「ご来光(ごらいこう)」といいます。 山頂近くの雲に映った自分の影が、光の輪を背にした仏像のように見えたためとか。 「ご来迎(らいこう)」との語呂合わせもあるようですね。 |
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【年神様(としがみさま】
新年の神様。 「正月様」「歳徳神(としとくじん」ともいいます。 年の初めに1年の幸せをもたらすために降臨してくると考えられていました。 |
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若水 |
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元日の早朝にその年初めて汲み、神棚に供えたり、雑煮を煮たり、福茶をたてるのに用いる水。 この水を飲めば一年の邪気を払うとされています。 平安時代から宮中では立春の行事でしたが、後に元旦の行事になり、一般に浸透しました。 年頭最初の大事な行事で、若水を汲むのは年男の役目でしたが、西日本などでは主婦の役割としている地方も多いようです。 若水を汲むことを若水迎えといい、できるだけ遠方に汲みに行くのが良いとされ、途中で人にあっても口を利くのは厳禁でした。 水を汲む時は「黄金の水を汲みます」と唱えます。 現在では井戸から飲料水を汲むことはほとんどなくなりましたが、元日の夜明けに名水を汲みに行く方も多くおられるようです。 夜明けに名水を汲みに出掛けるのも大変ですね。 水道の蛇口にしめ飾りをかけておかれるといいのではないでしょうか。 新しい年を新たな気持ちで迎えるというけじめの意味が大きいと思いますから。 |
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【福茶】 若水を沸かして入れたお茶のことで、邪気を払うとされています。 煎茶の中に梅干や結び昆布が入っています。 空也上人ゆかりの六波羅蜜寺では、正月三ヶ日大福茶がふるまわれ、飲めば一年の悪疫から逃れられるといい大勢の参詣者で賑わいます。 |
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初詣 |
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年の初めに神社仏閣にお参りして、1年の無事息災を祈ること。 大晦日の除夜の鐘を聞きながら家を出て、元旦にお参りすることを「二年参り」といいます。 昔は、一家の家長が大晦日の夜から神社に出掛けて、寝ないで新年を迎える習わしがあったそうです。 元々は地域の氏神を祀っている神社にお参りしていたようですが、やがてその年の恵方にあたる神社に出掛ける「恵方参り」になったそうです。 現在は恵方参りに限定せず、各地の神社にお参りするのが一般的になっていますね。 松の内(1月7日)までに参りましょう。 |
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【恵方(えほう)】
その年の干支によって年神様のいる方角。
2008年(平成20年)は南南東です。 |
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門松 |
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新年を祝って、家の門口に飾ります。 元々は新年を迎える際に年神様が降りて来る時の目印として木を立てたのが始まりといわれています。 松が飾られるようになったのは平安時代からで、それまでは杉や椿などが使われていたそうです。 松は神が宿る木と考えられていたため、めでたい木とされたのでしょう。 門前の左右一対並べるのが一般的。 玄関に向かって左の門松を雄松(おまつ)、右の方を雌松(めまつ)と呼びます。
本来、門松用の松は「松迎え」といって、家ごとに山へ採りに行っていました。
通常、12月13〜28日か30日に飾ります。 29日は「苦立て」、31日は「一夜飾り」といって嫌います。 飾る期間は松の内までですが、地域によってまちまちです。 |
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しめ飾り |
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門松と同様、正月に年神様を迎える準備として、玄関口や家の神棚に飾ります。 元々は、神社にしめ縄を張るのと同じく、自分の家が年神様を迎えるのにふさわしい神聖な場所であることを示すために、家の中にしめ縄を張ったのが始まりだといわれています。
しめ飾りは、しめ縄に裏白(うらじろ)、ゆずり葉、橙(だいだい)などをあしらって作ります。常緑の葉であるウラジロは「長寿」を、ユズリハは新芽が出てから古い葉が落ちることから「家系を絶やさない」という願いが込められているそうです。 橙は「家が代々(だいだい)栄える」として、縁起物として使われています。
飾る時期は門松と同じです。 |
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【しめ縄】 神様を迎える清浄な場所であることを示す飾りで、周囲の汚れを絶つ印として用いられてきました。 |
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鏡餅 |
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お正月に大小の丸い餅を重ね、年神様へのお供えとして神前や床の間に飾ります。 正月に餅を食べる習わしは、中国で元旦に固い飴を食べる習慣にあやかって、宮中で「歯固め」の儀式として始まったそうです。 元々餅は、神様に捧げる神聖な食べ物として用いられていました。 室餅時代になって、床の間のある書院造りが普及するようになり、正月に年神様に備える目的で、現在のような鏡餅が定着したといわれています。 鏡餅といわれる理由は、昔の鏡が円形だったためで、人の魂(心臓)を模したことから丸餅になったなど、諸説いろいろあります。 また、大小2つ重ねるのは、月(陰)と日(陽)を表していて、福徳が重なって縁起がいい、めでたく年を重ねるという意味があるそうです。
飾り方は、奉書紙か半紙を敷いた三宝(さんぽう)という食物を供える四角の台に裏白(うらじろ)とゆずり葉を敷き、昆布を置き、餅を重ね、橙を載せるのが一般的。
1月11日の鏡開きまで飾ります。 |
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お屠蘇(おとそ) |
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おとそは日本酒と思われている方も多いようですが、元々は中国から伝わった薬酒の一種で、山根(さんしょう)、、桔梗(ききょう)、防風(ぼうふう)、肉桂(にっけい)、丁子(ちょうじ)、陳皮(ちんぴ)、大茴香(だいういきょう)などが調合されています。 中国では漢方薬を大晦日に井戸の中に吊るして、元旦になって引き上げ、酒に浸して作ったとか。 屠蘇には「鬼気を屠絶し人魂を蘇生させる」という意味があり「邪気を払い、不老長寿を願う」薬種として、新年になると年少者から順番に飲んだのだそうです。 |
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おせち料理 |
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「おせち」は「御節供(おせちく)」の略。
元々は季節の変わり目の五節句(年始め・桃の節句・端午の節句・七夕・重陽の節句)に年神様に供える食べ物のこと。年に何回かある節句の中でも、特に正月が重要な節句ということから正月料理に限定していうようになりました。
現在、おせち料理は正月の三が日に食べますが、松の内まで人を招いて饗応することを「おせち」「おせち振舞」「椀飯(おうばん)」と呼びました。椀飯は鎌倉時代以降、武家の間で行われた饗応のスタイルで、年頭に目上の人を招いてもてなすことを「椀飯振舞(おうばんぶるまい)」といいました。
現在のようなおせち料理が民間に広まったのは江戸時代だそうです。
おせち料理は年神様に供える供物料理であると共に、家族の反映を願う縁起物の家庭料理でもあります。日持ちのする材料で作ってあるので、家族が食べる他に、お客様にも出せるように重箱に詰めるのが一般的。
正式には四段重。 ※五段重という説もあります。
一の重、二の重、三の重と呼びますが、4番目は「与の重」といい、忌み数字である「四」は使いません。
【一の重】 祝い肴・口取り かまぼこ・きんとん・伊達巻など
【二の重】 焼き物 ブリの照り焼き・イカの松風焼きなど
【三の重】 煮物 レンコン・里芋・高野豆腐など
【与の重】 酢の物 紅白なます・酢レンコンなど
【五の重】 控えの重
※地域や家風によって様々なので、特にこだわる必要はないようです。
※家族やお客様が少ない場合は三段重でも構いません。
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【紅白かまぼこ】
紅はめでたさと喜びを表わし、白は神聖を表わします。
【昆布】 「喜ぶ」に通じるため。
【海老】 ヒゲが伸び、腰がまがっている様を老人に見立て、長寿への願いを込めて。
【黒豆】 まめにこつこつ働くことができるように。
【数の子】 親、子、孫と子孫の繁栄を願って。
【田作り】 今年もいいお米が取れますようにとの願いを込めて。
【鯛】 「めでたい」の語呂合わせ。
【くわい】 芽が伸びていることから「芽が出るように」と願って。
【里芋】 里芋には小芋がたくさんつくので、子宝に恵まれるように。
【栗きんとん】 金団(きんとん)には財宝という意味があるため、豊かに暮らせるようにとの願いを込めて。
【ごぼう】 しっかり根を張って長生きすることを願って。 |
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雑煮 |
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元々雑煮は、年神様に供えた餅を神棚から下ろし、野菜や鶏肉などとで煮込んで作った料理で「雑煮餅」ともいいました。正月の食べ物ではなく、室町時代頃の儀礼的な酒宴などで出されたのが始まりだそうです。宴の始まりにいただく縁起物の料理だったので、それが一年の始まりにいただくものとして庶民の間にも伝えられていったようです。
雑煮は、地域によってそれぞれ特色があります。丸餅か角餅か。焼くか焼かないか。白味噌か・・・などなど本当に様々ですね。一般的には関東が角餅、関西が丸餅。 関西で丸餅を使うのは、年神様に備える鏡餅をかたどっているためといわれています。 |
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お年玉 |
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年神様に奉納された鏡餅を年少者に分け与えたのが始まりといわれています。
金品を贈るようになったのは室町時代からで、当時は扇や筆などを贈っていたようです。
お年玉は年少者や自分より地位の低い人に贈ります。 |
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書き初め |
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年が明けて初めて毛筆で一年の抱負や目標をしたためるもの。一般的には2日に行います。
「吉書」とも呼ばれ、恵方に向かって、めでたい言葉や詩歌を書いたのが始まり。元々は宮中での儀式でしたが、やがて江戸時代の寺子屋や明治時代以降の学校で習字が必修となり、庶民の間にも広まるようになりました。
学校や地域の行事で書き初め大会を行うところがありますが、家庭で行うところは少なくなったようですね。私自身、習字を習っていた頃は書いていた記憶があるのですが、今は全く・・・(反省)。 |
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初夢 |
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一般的に、正月の2日の夜に見る夢のこと。元々中国から伝わったもの。夢を食うといわれる獏の絵を枕の下に入れて吉夢をみようとしたという故事にあやかったものだそうです。日本でも室町時代には、よい初夢が見られるように宝船の絵を枕の下に敷いたりしたそうですよ。「一富士、二鷹、三なすび」の夢を見ると縁起がいいとされたのは江戸時代になってから。
どうして元日の夜ではなく2日の夜なのでしょうか。昔は仕事始めや書き初めなど、年初めの行事が2日だったため、一年のスタートとして、2日に見る夢を重視したようです。 |
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【一 富士、二 鷹、三 なすび】 これらは駿河の名物で、当時、天下を取った駿河出身の徳川家康にあやかりたいという庶民の願望だといわれています(他にも説はあるようですが)。さらに「四
扇、五 煙草・・・」と続きます。 |
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七草がゆ |
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7日の朝に「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ」の七草が入ったかゆを食べて、その年一年の無病息災を願う風習。この日は五節句のひとつ「人日」で、七草の日、七草の祝い、若菜の節(せち)などともいいます。
元々中国で毎年、官吏昇進を1月7日に決めることから、その朝に薬草である若菜を食べて立身出世を願ったのが「七草がゆ」の始まり。これが日本に伝わり、平安時代には宮廷の儀式として七草がゆを食べるようになりました。一般に定着したのは江戸時代。
七種の若菜の生命力を吸収するとともに青菜の不足しがちな時期の古人の優れた知恵ですね。七草がゆは消化吸収がよく、正月のご馳走で疲れた胃腸を休め栄養補給をするという、実に理に叶った料理です。1月7日に限らず、食べ過ぎや飲みすぎの翌朝にいただくといいですね。 |
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鏡開き |
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年神様に供えた鏡餅を雑煮やおしるこなどにして食べ、一家の円満を願う行事。
鏡は円満を意味します。
元々は武家の風習で延命祈願の儀式だったようです。刃物で切るのは切腹を連想させるので、手で割ったり、木槌で砕いたりしました。でも、手で割るのは大変そうですね。
「切る」という言葉を避けて「開く」という縁起の良い言葉を用いています。
一般的には11日に行います。 |
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